岐阜県郡上市は、シルクスクリーン印刷発祥の地として知られ、現在でも20社以上のスクリーン印刷工房で、職人たちが技術を受け継ぎ産業が育まれています。また、「郡上おどり」や「白鳥おどり」といった、毎年7月から9月にかけて踊られる日本一のロングランの盆踊りでも有名。観光客や地元住民が一体となり、誰もが自由な服装で参加ができるといった珍しい景色は、郡上の盆踊り文化の象徴ともいえます。
そんな郡上市で2024年夏、踊り場に着ていくための衣服ブランド「ODORIGI(オドリギ)」が誕生。自由な盆踊り文化への敬意と、スクリーン印刷という地場産業の発展を願うプロジェクトです。
ODORIGIは、郡上にあるスクリーン印刷工房の若手経営者によって結成された任意団体「GRAND(グランド)」の活動の第一歩としてスタート。
GRAND代表で、ODORIGIの制作ディレクションを手がける上村考版の上村佑太さんは、スクリーン印刷業界が直面する課題に対し、「これからは自分たちの技術や資源をシェアしていくことで、シルクスクリーン産業の縮小傾向に歯止めをかけ、前に出ていきたい」と強い決意を語ります。
従来、スクリーン印刷工房同士が技術やノウハウを共有することは稀でした。しかし、自動機械化の波で、手刷りが主な地場産業の存続が危ぶまれる中で、技術の見直しや新たな価値創出が求められています。そこで、GRANDと地域のデザイナー、パタンナーなどのメンバーが集結。ODORIGIはデザインやプリント、染めや仕立てのすべてを郡上でおこなうことで、土地が生み出す服づくり、地域内経済の循環による服づくりを軸としています。
プリントを担当するのは、「上村考版」「スナップ・スクリーン」「旗将」の3つの工房。「水と空気以外なんでも印刷ができる」とされる工業印刷として一時代を築き上げたスクリーン印刷産業の次なる可能性を見出すため、手刷りによる繊細な表現や特殊インクの活用など、会社の垣根を超えて挑戦しています。
また、郡上の盆踊りに精通するデザイナーによって、着姿や着心地にこだわって商品を開発。デザインを担当するのは、adidasやIKEAとのグローバルコラボレーションなど、国際的な評価も高いアーティストの高橋理子さん、郡上八幡を拠点とし上村考版では専務を努める上村大輔さん、郡上木履などのアートディレクションを務めた堀義人さんの3人。
さらにパタンナーの伊東敬史さんやリサーチャーの井上博斗さんが製作に関わり、郡上の盆踊りをどのように衣服で表現するか、試行錯誤を繰り返しました。
リサーチと模索の中で見出したのが、「ふだん着とハレ着」「おしゃれ着と仕事着」という2軸4象限のコンセプト。
野良着とも呼ばれる百姓半纏やたつけ、家紋や屋号が染め抜かれた印半纏、伝統的な踊り浴衣、神楽などの祭礼で着られる素襖などを復刻することで、郡上の衣服と踊りの歴史に根ざしながら、現代の盆踊りに失われた風景を取り戻そうとしています。
オドリギは、「オドリギTEI(テイ)」や「IV SHIRT(フォーシャツ)」「IV PANTS(フォーパンツ)」の3展開。反物の生地幅を生かしたシャツや、真四角の生地のシルエットなど、古代の貫頭衣を思わせるデザイン性や、踊りの動きに寄り添う機能美、生産で生地の無駄が出ないパターンが魅力。郡上おどりファンならず、「ふだん着」としても人気が高まっています。
郡上の盆おどりは、誰でも、自由な服装で参加ができるスタイルが特徴。そんな中でも、ODORIGI責任者の下田知幸さんは「歴史ある郡上の盆踊りがこれからも続き、多くの方が楽しむためには衣服における選択肢の幅が必要」だと話します。
チームや仲間でお揃いの衣服をつくって踊ったり、破れや汚れが目立つ衣服を縫製することで味のあるオリジナルな衣装として着こなす踊り子の姿も、郡上の盆踊りの多様性を支える景色の一つです。
「スクリーン印刷や染め、縫製の技術が高められること。その認知が拡大することで、より自由な盆踊りが追求でき、地域全体の活気につながること。この景色をこれからも残していく一端になれればうれしい」そんな願いを掲げ、スタートしたODORIGI。
郡上おどりの会場では、上下セットでオドリギを着用して踊る人や、オドリギのトップスに短パンを合わせたり、オリジナルプリントを施した踊りTシャツなど、自分なりの着こなしを楽しんでいたのもODORIGIブランドの遊びや余白を感じさせるところ。人とかぶりたくないという郡上おどりファンの気持ちを見事にすくいとったのではないでしょうか。
郡上おどりの会場ではODORIGIを着た人たちの間で仲間意識が芽生え、コミュニケーションが生まれたりもしたそうです。
現在は受注販売のみ。来年の夏に向けて、プロダクト開発やポップアップショップ準備などさまざまな展開を計画しているとのことです。今後の郡上おどりのさらなる盛り上がりが楽しみですね!
後編記事ではODORIGIの制作現場を紹介予定です。