桜吹雪の中を歩いた穏やかな春の日。
雨上がりの蒸し暑さに額の汗がにじむ初夏の日。
粧う山のごとく鮮やかに染める秋の日。
降り積もる粉雪の中に色を見つけた冬の日。
染めたときや草木を採取したときの情景や作り手の想いなど、1枚1枚に異なるストーリーを宿した色彩美しいストールがある。山々に囲まれた岐阜市北部、出屋敷という地区で作られている「百々染(ももぞめ)」です。
↑ 染料に使う素材は草木、花、実、果物など。生地はジョーゼット、サテン、楊柳の3種類があります。
染料の素材は野山を歩いて採取。ときには種をまいて育てることも
ピンクひとつとっても、鮮やかだったり淡かったり、紫がかっていたりと、1枚1枚ニュアンスの異なる色合い。ピンク系統の「さくら」「あさがお」「なんてん」「チューリップ」、そしてピンク以外にも「藍」「ムスカリ」「ヤマブキ」「くさぎ」「さざんか」など、素材は数えきれないほど種類があります。
染料の素材はすべて、この近くで採取されたもの。作り手たち自ら染料の素材を採りに出かけ、染液をつくり、1枚ずつ何度も丁寧に染めていく。四季の訪れやその日の気候や温度を肌で感じながら、ゆっくりとやさしく、手作業により生まれているのです。
↑ 種をまいて育てた藍の畑。毎日の水やりも仕事のひとつです。
↑ 歩いている途中に見つけたヒメジオンも染料の素材に。
“同じ素材でも仕上がりの色が違う”ことを魅力に
「百々染」を手がけているのは、いぶき福祉会「第二いぶき」のスタッフや仲間たち。リーダー支援員の山本昇平さんとブランドマネージャーの初瀬尾久美子さんに話を伺うと、「1枚1枚にストーリーがあるのが百々染の最も魅力な点であるのですが、ほかにも特徴がたくさんあるんです」とのこと。
その1つが、同じ素材でも染めた日、染めた人によって色のニュアンスが微妙に違うということ。それは化学染料も機械も使わず、作り手ののびやかな感性を大切にしているため。同じような色味がたくさんある中から、コレ!という好みにピッタリ合う1枚を探せるのです。
↑ 左よりスタッフの初瀬尾さん、山本さん。
「最初は同じ色になるように染めるのが当たり前だと思っていたんですが、いざ百々染を作り始めると、違うことが魅力になるんだ…と、新たな発見です。作り手も関わるスタッフも自由に楽しく、想像を膨らませながら染めていき、ときには想像を超える素敵な色合いに仕上がることも」と初瀬尾さん。正解の色を1つに決めない分、商品の幅も作り手のワクワクも広がるのだそう。
↑ 3枚とも藍で染めたもの。同じ藍でも仕上がりの色がこんなに違うのです!
同じものは存在しないからこそ、“365分の1”を選ぶ楽しさがある
「作り手、一緒に関わるスタッフ、植物、気候…、いろんなものが掛け合わさって、新しいものが生まれる。そして、それを身に着けてくれる人がそのストーリーを感じとって百々染を大切に使ってくれたらうれしいですね」。
百々染は色で選ぶ以外に、いぶき福祉会の公式サイトでの販売のみ、染めた月日で選ぶことができます。大切な人の誕生日や、両親の結婚記念日など、“365日の中の1日”を大切に想い、贈るプレゼントは、贈る側にとっても贈られる側にとっても特別なものとなりそうです。
↑ 月日で選んだ人には表紙に月日が書かれ、色で選んだ人は表紙に桃色、御所染、若芽色など和の色名が書かれたカードが商品に同封。中には染めた日のストーリー、染料の素材、染めた人の名前が書かれています。
↑ 商品はカードや写真がこのように同封されて届けられます。
「いぶき福祉会」とは、障がい者に仕事を提供し、サポートする場所。その中の「第二いぶき」を利用している障がい者21人とスタッフ14人全員が百々染作りに携わっています。
「僕たちスタッフは、1人ひとりの利用者さん(障がい者)の言葉にできない思いを汲んで、実現するにはどうしたらいいか考えるのも大切な仕事。どんな方法だとやりやすいか、どう染めたいと思っているか、どんな作業が好きか。そういったことも、百々染作りの中に織りまぜていけるようになってきたと感じています」と山本さん。
↑ 「いぶき福祉会 第二いぶき」。野山に囲まれたのどかな場所にあります。
最初は仕事になんか興味もなかった利用者さんが、“自分の仕事”とやりがいを感じ、社会とつながっている実感を得られる――、百々染はそんな存在にもなっているのだとか。
後編では百々染の制作現場を訪れ、リアルな日常のシーンを切り取っていきたいと思います。後編記事は7月18日(火)にアップ予定です。
(撮影:西澤智子 文:広瀬良子)
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