インタビュー・モノ

今、新たな鼓動をもって展開している「東海のものづくり」にスポットを当てて、作り手の想いやこだわりに迫ります。ものづくりの宝庫ともいえる、東海エリア。有名どころから知られざる逸品まで、掘り起こします。

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320年以上の歴史を誇る、日本伝統工芸品の一つ「名古屋仏壇」。名古屋仏壇には、仏壇造りに欠かせない「八職」と呼ばれる8人の職人たちが存在します。仏壇の土台となる木に携わる「木地師」、「荘厳師」、「彫刻師」、漆塗りを担当する「塗り師」、仏壇の外や内側に付ける金具を作る「外金物師」、「内金物師」、引き出しや障子などに絵を描く「蒔絵師」、金箔を張る「箔置き師」。これらに加え、天井面を造る「天井師」、美しいツヤを出す「呂色師」、最後の工程を担う「仕組師」も存在し、これらすべての職人技があってこそ、一本の仏壇を作り上げることができます。その中の塗り師のひとり、25年もの間漆職人として活躍する武藤久由さん。「もっとたくさんの方に漆を身近に感じてほしい」。そんな思いから漆アイテムを作り始め、試行錯誤して生まれたのが、まだ誰も実現したことのない漆100%でできたコップ「thin」です。
 

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左から「thin」シリーズのSとL。Lは注ぎ口をイメージしたとんがり部分があり、徳利として使うこともできます。
 
とにかく目についたものに漆を塗り、その可能性を試していった
 
高い漆塗りの技術を持つ職人として愛知県で名を馳せていたお父様の跡を継ぎ、漆職人への道を歩き始めた武藤さん。「継いだ当初は、大きなプレッシャーを感じていて。親父はすごかったけど息子はダメだとは絶対に言われたくないと、10年間はいかに仏壇を美しく仕上げるかということだけを考え、ひたすら技術を磨きました」。着々と技術を身につけていった武藤さんですが、同時にもっと漆を身近に感じてほしいと思うように。「はじめは木を削ったものに漆を塗り、アクセサリーを作りました。他にも、てんとう虫のブローチを作ったり、小樽の切子職人さんとコラボして切子ガラスに漆を塗ったりして。目についたものに漆を塗ってみて、どのように仕上がるのか試してみたんです」。
 

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「漆について話始めると止まらなくなる」と武藤さん。愛おしそうに漆の見つめる姿が印象的です。

 
逆転の発想が、漆の新たな可能性を生み出す
 
もともと木や紙など何か芯になるものに塗ることが常であった漆。しかし、武藤さんはあることに着目します。「漆はプラスチックと相性が悪く、塗っても乾くと剥がれてしまう。それならば、いっそ剥がしてしまえばいいのではと」。試しに、プラスチック製のゼリー容器に漆を塗り重ね、ある程度厚みが出たところで力を加えたところ、キレイに容器だけが外れたのです!「私たち漆職人も“漆を乾かす”という表現をするが、実際は一定の湿度にすることで漆の中の成分が化学反応を起こし、固まっている状態なのです。一度固まった漆は強度が強いため、漆という素材だけで何か形にできるのではないかと思いついたんです」。武藤さんの逆転の発想が、「thin」の誕生へと繋がっていきます。
 

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一定の湿度を保った「室」と呼ばれる部屋で固めます。一層塗るたびに「室」で24時間。漆コップは20回ほど漆を塗り重ねるので、少なくとも20日は制作にかかります。

 
漆の特性を生かし、伝統的な3色で色づけ
 
「漆は、光沢があり色濃い発色の『黒漆(くろうるし)』と深い褐色の下に木目などが透ける『透け漆』の2つに分かれています。『黒漆』は、生漆(きうるし)に鉄粉を混ぜ化学反応を起こすことで生成するため独特の黒さを放ち、『透け漆』は生漆の中にある水分が飛ぶことで褐色に変化したもの。重ねて塗ることで、色合いの深みが増します。『thin』の表面に使用している朱色は、透け漆に赤い顔料を混ぜて作ったもので、昔から受け継がれる漆の伝統的な色。『thin』の赤いボーダー柄は、朱色をベースに中心に透け漆を、1番下に黒漆を塗って仕上げています。漆のことを少しでも知ってほしいという思いから、『thin』にはこの3つの色を使いたかったんです」。
 

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左が透け漆、右が黒漆。鮮やかな朱色の上に透け漆を重ねることで、奥行きを演出しています。

 
おいしく飲むだけでなく、使う楽しみを感じてほしい
 
「thin」の一番の特長は、厚さ約1mmと薄いところ。飲み口を薄くすることで、口に付けた時にコップの存在感をあまり感じないため、飲み物そのものの味がより楽しめるのだそう。「僕自身、お酒を飲むことが大好き。『thin』でお酒を飲むと、普段よりおいしく感じてつい飲みすぎてしまいます(笑)」。
 

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「thin」でお茶をいただきましたが、本当にやわらかく滑らかな口当たり。普段よりお茶の渋みを感じました!

 
あえて屈折させることで個性を出し、美しい光の反射を演出
 
また、手でくしゃっと潰したかのようないびつな形も印象的。「実は、『thin』シリーズの型に使用しているのは、紙コップなんです。あらかじめ、紙コップを自分の好きな具合にくしゃっとして、そこに漆を塗っていく。くぼみをつけることで、コップを握った時に自然と手になじむんです。一つひとつ違うものができ上がるし、いびつなほうが光の反射も屈折してきれいなんです」と武藤さん。
 
漆は生き物。大切なのは、正面から向き合って、その声を感じること
 
「漆はちょっとした気温や湿度の変化で、明らかに仕上がりに違いが出ます。まさに生き物。ご機嫌伺いではないけど、常に漆と向き合い、微妙な湿度調整をしてあげることが必要なんです。漆にへそを曲げられたら、仕事になりませんからね(笑)」。そう言いながらも、愛おしそうに作品を見つめる武藤さん。「実は、ずっと漆職人になると決めていたわけではなくて。家業を継ぐか悩んでいた時、親父が仕上げた作品を見て、やっぱり漆はきれいだなと思ったんです。何というか、潤いをたたえたような艶めきというか…。その時、この技術を絶えさせてはいけないと決意しました。それからは、漆を触れば触るほど、漆に恋し続けています。『thin』を通して、漆の素晴らしさを多くの方に伝えていきたいですし、漆を身近に感じてもらえるような作品をこれからも生み出していきたいですね――」。
 

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ほこり一つまで気を遣い、服はほこりがつきにくい素材を選び、冬でも靴下ははかず裸足で作業をされるそう。工房の間取りも、制作するときに漆の光沢がわかりやすいよう北と東に窓を配置しています。

 
ちなみに、工房では「thin」を直接購入することができます。希望があれば工房内の見学も可能ですが、事前に予約しておくことをおすすめします。
 
 

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