インタビュー・モノ

今、新たな鼓動をもって展開している「東海のものづくり」にスポットを当てて、作り手の想いやこだわりに迫ります。ものづくりの宝庫ともいえる、東海エリア。有名どころから知られざる逸品まで、掘り起こします。

ラムネ色のような素朴な温かみを添えながら、シンプルで洗練された形状。静かな輝きを放つ「でく工房」のガラスの器は、透明瓶を使用した再生ガラスで作られています。
工房があるのは、海を望む三重県伊勢市二見町。この地で生まれ育ち、沖縄に移住して師匠のもとで学んだ後に、再び二見町に戻って「でく工房」を構えた中村一也さんのもとを訪ねました。
 

三重県で廃棄される瓶を再利用

 
もともと祖父が海苔を乾燥させる工場として使っていた場所に窯をつくり、ガラスの制作工房に。ここで365日窯の火を絶やすことなく、ガラスと向き合っている中村さん。
再生ガラスとして利用しているのは、地元三重県で販売されている「真珠塩サイダー」と「復刻エスサイダー」の瓶。同じ工場で製造されている瓶でないと製造時に割れやすく、いろいろ探して歩き、大量に仕入れることができたのがこの2つの瓶だったのだとか。
 


↑一見すると透明に見える瓶ですが、斜めにして見てみると優しい色合いなのがわかります。
 

↑瓶の底を見てみると、番号が刻印されています。この番号は製造された工場を表すもの。同じ番号の瓶を集めて、器づくりの素材にしています。
 

沖縄で出合ったガラスを一生の仕事に

 
ほんのり水色を帯び、静かな輝きを放つガラスの器は、中村さんのルーツである“海”に通じているかのよう。
二見町生まれで、子どもの頃はいつも工房のすぐ隣にある浜辺で遊んでいたという中村さん。高校を卒業して働いた工場はあまりに居心地がよく6年続けたそうですが、30歳になっても今と変わらずこの機械の前に立っているのかな…と思ったときに、何か違うことをしてみよう、と環境を変えることを決意。「海が好き」という理由から、沖縄へ移住したのだそうです。
 


↑手がける器に通じているような、真面目で優しい雰囲気の中村さん。子どもの頃いつも遊んでいたという海の前で。
 

そこで出会ったのが、ガラスづくり。一度地元に戻って結婚した後、26歳で再び沖縄へ移住し、工房で見習いからスタート。4年半が経ったときに家の事情で再び二見町へと戻り、自身で工房を立ち上げたのだそう。
「10年続けて一人前といわれる職人の世界。4年半しか経験のない自分は、まだ何もできないのと同じ。でも沖縄でガラスづくりに魅了され、一生の仕事にしたいと思ったので、制作しながら練習し、無理やり始めました。2010年5月、今からちょうど9年前です」。
 


↑海沿いに佇む工房。来年春頃には、自宅兼工房としてリニューアルするそう。

 

↑海苔小屋だった頃の面影が、今なお工房に残っています。

 

↑工房の名前にもなっている、看板犬の「でく」。沖縄から一緒に二見町に引っ越してきました。

 

模様のない普通なものこそ、難しい

 

中村さんが目指すのは、1点ものではなく、同じ形で量産できること。さらには、シンプルでどんな家に置いてもスッと馴染み、日常使いしやすいもの。
「同じものを量産するのって、すごく難しいんです。その形状がシンプルであればあるほど、少しの歪みが目立ってしまう。それでも素朴でシンプルなデザインを追求していきたいし、割れてしまったときに買い足しできるよう、同じ形のラインナップを揃えておきたいんです」。
 

↑素朴ながらも、どこか洗練された佇まいを感じさせるのが、中村さんの器の魅力。

 

↑伊勢市のおかげ横丁にある「他抜きだんらん亭」限定で販売。「横丁サイダー」の瓶を再利用した、濃い水色のラインナップ。

 
素材に使う瓶の収集から加工、器を仕上げるまで、すべて1人の手仕事で行なっている中村さん。シンプルなデザインの中にもこだわりを追求し、1年また1年と、その腕を磨いています。そんな中村さんの器づくりに密着する後編記事は、6月20日頃公開予定。お楽しみに!

 
(写真:西澤智子 文:広瀬良子)

 
 

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