岐阜県の南西部に位置する安八町。のどかな田園風景に囲まれたロケーションに、ひときわ目立つ壁画があちこちに描かれています。手がけているのは、安八町で生まれ育ったストリートアーティスト・RoamCouch(ロームカウチ)こと、小川亮さん。浮世絵の技法を現代風にアレンジしたストリートアートで、国内のみならず海外でも活躍する小川さんの今とこれからの展望に迫りました。
― もともと、絵を描くのが好きだったのですか?
小川:絵を描くことは好きでした。でも、小学生の頃は先生に全然評価されなかったんです。授業の課題をつくらずに自分でキャラクターをつくって漫画にしたら、先生から「お前が描いているのは美術じゃない」と言われてしまって(笑)。漫画もアートなのに「漫画は授業で教えてないからやっちゃダメ」というのが、理解ができなかったんです。
― そんな悔しい思いを抱きながらも、やはり絵を仕事にしようと?
小川:映画が好きだったので、映画に関わる職業に就きたいと考えていたんですけど、美術の評価が低かったこともあって美術関係は向いていないのかなぁと。それでも絵に携わりたかったので、デザイナーとして働き出しました。ところが仕事を続けていく中で、精神的に落ち込んだ時期があったんです。そのときに妻から“そんなに辛いなら、好きなことをやってみたら?”と言ってもらって。そこで、仕事にならなかったとしても、好きなことをしようとストリートアートの道に進むことを決めました。
― なぜ、ストリートアートだったんですか?
小川:ゼロからものをつくり出す人に憧れがあったんです。ストリートアーティストで有名な「カウズ」とか「バンクシー」って、誰かに教えてもらったのではなくて、独自のスタイルで作品を生み出していますよね。そういうストリートアートのパイオニアと呼ばれる人たちの作品を見て、感銘を受けたのもひとつあります。
― ゼロから活動をスタートしていく中で、壁にぶち当たることもあったのではないでしょうか。
小川:そうですね。2011年からRoamCouch(ロームカウチ)としてスタートした当時は、誰も僕のことを知らないので、絵が全く売れませんでした。それならまずは、人々の目に留まるように映画のワンシーンやエリザベス女王など、誰でも分かるような人を版権ギリギリのところで描こうと思って(笑)。
小川:ダメだったら批判されるし、キャンバスと違って公共の場所で描いているので当然怒られたりもします。今はSNSで批判もされますし。でも、最初はとにかくいろんな人に見てもらって、いろんな意見や評価をもらいたくて、インパクトのあるものを描きました。
― そのときの苦労が、今の壁画を描くプロジェクト「Emotional Bridge Project(エモーショナル・ブリッジ・プロジェクト)」につながっているのですね。
↑小川さんの活動の原点となった作品がこちら。安八町にある「安八重機」のコンテナ。
小川:2014年くらいから、このプロジェクトをスタートしました。最初に描いたのは、安八町にある会社「安八重機」のコンテナに描いた「RAINBOW INC. / BROOKLYN BRIDGE」。会社に直接電話して、“コンテナにNYの絵を描きたい”とお願いしたんです。絵のイメージをお見せすると、快く承諾してくださって。無償で絵を描く人がいるんだ!と、驚きと同時に、喜んでくれました。ストリートアートがきっかけで安八町が盛り上がればうれしいし、これからも活動を続けていこうと考え始めました。
↑こちらも「安八重機」のコンテナに描かれた、日本人のストリートアーティスト・Pitsさんとのコラボ作品。
― その後も、地元の安八町を中心に活動していこうと決めた理由を教えていただきたいです。
小川:自分が子どもの頃に通学路だった場所に描きたかったんです。当時、先生に批判されていた自分がもし壁画を見たとしたら、アートに希望が持てるんじゃないかなと。今の子どもたちもそう思ってくれたら、とても光栄です。
― 今は、どういうテーマで絵を描いているんですか?
小川:活動をスタートした当時はとにかくインパクトのあるものばかりを生み出していたんですけど、今は僕の絵を見てポジティブな感情を抱いてもらうのを一番の目標に描いています。
小川:よく、この作品にテーマはありますか?と聞かれますが、僕にはそういうテーマとかはなくて、見る人を主体に考えて制作しています。あまり絵に関心がない人にも、“お!なにこれ!”と立ち止まって、アートに興味を持ってもらえるようなものにしたいです。
― 作品に対してのこだわりという部分ではいかがですか?
小川:僕の中では、“美しく矛盾していること”こそが芸術だと思っていて。細かくリアルに描いた作品の中に、あえて赤い傘を入れたり、カラフルな虹を描いてみたり。奇抜な色を取り入れることで作品に面白味を加えています。
― 壁画には浮世絵の技法を取り入れているとのことですが、どういう技法なのですか?
小川:浮世絵とストリートアートをコラボした「Neo-Ukiyoe(ネオ浮世絵)」では、浮世絵と同じように、和紙の上から何度も色を重ねて絵を描いていくんです。ストリートアートなので、筆ではなくてスプレーを使います。
― こちらがステンシル(型紙)ですね。とても繊細です。
小川:細かく切ったステンシルを和紙に貼りつけ、その上からスプレーを吹きつけて色を加えていきます。スプレーを吹きつける紙には、岐阜県の伝統工芸・美濃和紙を使っています。奈良時代から受け継がれてきた伝統工芸と、新しいものをマッチさせることで、新鮮な目線で楽しんでもらえるのではないかと考えました。
↑ステンシルをつくるときに使うアートナイフ。曲線が切り取りやすいので、細やかなところまで表現できるのだそう。
小川:美濃和紙の職人さんも、新しいことをしたいと熱い思いを話してくださったので、ますますやる気になりました。美濃和紙自体には強度があるのですが、それでも和紙がスプレーの塗料に負けてしまって、うまく色がつかなかったり…。何度も試行錯誤を重ねました。
― ほかの作品も拝見させていただきたいです!
― 一見、親子のようですが、幼少期の自分と重ね合わせている老人にも見えるような・・・。
小川:これは、オランダのアムステルダムに住んでいるファンのために描いた作品です。僕の絵を気に入ってくれた彼から、“アムステルダムを題材にした絵を描いてほしい”と依頼がありました。彼は体が弱く、病室から撮影したと思われる写真をいくつか送ってくれて。彼と話していくうちに、アイデアが思い浮かんでいきました。
壁画の新作「RAIN CALLER(レイン・コーラー)」は、切手をモチーフにした興味深い作品です。今後も、チャレンジしたいプロジェクトはありますか?
↑焼きいも店の壁面に描かれた2019年の新作「RAIN CALLER」。(岐阜県大垣市墨俣町)
小川:東海エリアで、アートフェスを開催したいなと思っています。2019年に参加したハワイのアートフェス「POW!WOW! Hawaii 2019」をお手本にしたい。海外のアーティストを呼んで、ストリートアートで東海エリアを盛り上げていきたいです。
(文:壁谷 雪乃)