「ものづくり」の背景にあるストーリーを紹介。作り手の想いやこだわりに迫ります。 ものづくり三重鈴鹿市


 
前編はこちら→1300年続く鈴鹿墨の伝統に新たな彩を。【煌の彩(きらのいろどり)】前編
 
歴史深い「鈴鹿墨」を日本で唯一生産している「進誠堂(しんせいどう)」。前編では4代目の墨職人伊藤晴信さんを訪ね、“墨の概念を超えるプロダクト” として生み出された「煌の彩(きらのいろどり)」の特徴や美しさを紹介しました。後編では、鈴鹿墨の生産の様子や新たな取り組みについても伺っていきます。
 

墨づくりは気温が下がる早朝から

 

↑発色の良さと絶妙なにじみ具合が特徴の鈴鹿墨。
 
鈴鹿墨の生産は気温が下がる11月頃から5月前半までの期間のみ。墨の原料のひとつ「膠(にかわ)」にカビが生えないようにするためだそう。他の墨の生産では人工のものを使う場合も多いそうですが、鈴鹿墨は動物のコラーゲンを煮て冷却した天然のものを使用するため、温度や湿度が生産に大きく関わってきます。
 
鈴鹿墨の生産作業はなんと午前3時から。「学生だった私が朝起きると、3代目の父はもう家にはおらず、部活を終えて20時ごろ帰るともう寝床についていたので父の姿を見るということはほとんどなかったんです」と、職人である父の背中を見ることができなかった理由を語ってくれました。
 

↑工場内は、材料のひとつである煤によって壁一面真っ黒。(画像提供:進誠堂)
 
夜明け前の作業は、「膠」を溶かすところから始まります。そこに練り混ぜるのは「煤」と「香料」。「煌の彩」はここに5色それぞれの顔料を加えて色出しをしますが、基本的に原材料は先ほどの3つのみ。膠の配合量によって墨の硬さが変わるのだそう。膠の量が少なければ仮名向けのさらっとした書き心地に、多ければ粘りのある墨になり角をしっかりさせたい漢字向けとして仕上がります。「煌の彩」はちょうど中間のベーシックな硬さになるよう配合も調整していきます。
 

↑煮て混ぜた材料はまるでパン生地のような粘土状に。その材料を、固まらないよう手ごねしながらサイズ分け(重さ分け)していきます。(画像提供:進誠堂)
 
形を整えると同時に柄をつけるため、木型へ。30種類ほどある木型も晴信さんが作っているのだそう。「墨の木型を彫る職人もいるんですが、実は奈良いる90歳を超えた方1人のみとなってしまいました。後継者もいないので、この先作れなくなってしまう。なので半年くらい奈良に通い詰めて作り方を教わりました」。墨そのものだけでなく、業界全体的に後継者が不足している事実を目の当たりにしました。
 

↑木型にはめたら万力で圧縮し、30分ほど固めていきます。
 

↑取り出した墨を藁に巻き、1か月から3か月ほど乾燥させます。(画像提供:進誠堂)
 
重さにもよりますが、重いものだと水分が抜けるのに時間がかかるため3年ほど寝かせるものもあるのだとか。墨づくりの想像していなかった裏側が伺えました。
 

↑藁に巻かれた墨には見事な模様が。
 

後継のため、挑み続ける

 

 
「新しいものをができるきっかけは、ひらめきです。染料屋から「こんなのあるよ」と声をかけてもらうこともありますし、文房具屋にいったときにこのインクのようなもの作ってみようかなとかヒントを得ることもあります」と、新商品開発のきっかけを語る晴信さん。
 

↑わずか1分という短い時間で磨れる墨「すずか」。
 

↑石鹸作家とコラボレーションした石鹸。
 
「墨の生産地なのに、鈴鹿市内の学校では墨汁を使っていたんです。磨るのに10~20分かかる墨は40分の授業の中では使いにくかったんですね。だから1分で磨れる墨を作って学校で使ってもらうようにしました」。また、“手や服に付いたらなかなか落としづらい墨を使って汚れを落とす”という逆転の発想で、香りづけ程度に墨を少量配合した石鹸を作るなど、墨の常識を覆す商品を次々に生み出しました。
 
他にも建築の塗料にしたり、スポーツ用品メーカーに革の染料として使ってもらったりと原料としての使い道も広めていきたいとのこと。
 

↑併設のショップ「亀游庵」には数々の商品が並びます。
 

 
鈴鹿墨のこれからについては、鈴鹿墨の存在を知ってもらうことに加えて、「同じ心持ちで新しいことに一緒に取り組んでくれる仲間と出会うことも必要だと思っています。一歩を踏み出さないと知ってもらうきっかけにもなりませんからね」。そう語る晴信さんは常に先を見つめていました。
 
進誠堂で生み出される「煌の彩」をはじめとした画期的な墨たちは、私たちの生活と鈴鹿墨の未来を彩っていきます。
 
(写真:伊藤司 文:佐藤奈央)
 
 

NEW REPORT 新着記事

NEW REPORT 新着記事

もっと見る

pagetop