ビーツ、ロマネスコ、ズッキーニ…最近、スーパーにも並ぶようになってきた西洋野菜。でも、あまり家ではテーブルには上らないという方も多いのでは?
2018年1月20日、日進市にオープンした農園レストラン「サバーヴィアン」では、そうした西洋野菜の素材の味を楽しみながら、ヨーロッパの田園生活にワープしたような、リラックスしたひとときを過ごすことができます。実は、農園を併設したレストランは、さまざまな法律や規制の壁をクリアしなければ、実現し得なかったそう。見た目も、中身も、これまでにないスタイルをつくり上げた仕掛け人の清水和重さんと、グランシェフの中島和美さんにお話を聞きました。
― 「サバーヴィアン」は広大な農園の中に立つ本格派レストランなのですね。
中島:「農園の朝ごはん」「農園の昼ごはん」そして、午後から夕方までの時間帯は「農園のひと休み」としてアフタヌーンティーを提供しています。名古屋のモーニングはコーヒーが主役ですが、ここはごはんが主役なんですよ。「サバーヴィアン」は英語で「郊外」を意味する「Suburb(サバーブ)」という単語から名付けました。名古屋市天白区に隣接した広大な農園の中に立つレストラン。この都会過ぎず、田舎過ぎない「郊外」の魅力を楽しみながらご家族やお友達と楽しんでいただける料理を提供しています。
清水:「田園地帯」とか「農園」とか言いますが、正確にはこの地域は「農業振興地域」。本来なら、この地域は法律によって農業用の施設しか建ててはならないように定められています。でも、僕たちは、なんとかしてこの場所を活用したいと考えました。それは、都心部からほど近いこの田園地帯では、日々追われる生活を送る都心の人たちも、自分の居場所を持つことができると思うから。大学から東京で20年近く暮らしてから日進市にUターンしてきた私自身、この地域は都心を身近に感じながらも心癒される場所だと、魅力を感じています。都心で働き、お金を持っていても、心から充足感を感じることができている人は、そう多くはありません。だから身近な自然に価値を見出し、それを愛でながら食事を楽しめる空間を提供することで、大人たちがそれまでの自分の中に無い豊かな考え方を得たり、美的感覚を磨くことができる空間をつくりたいと構想してきました。
その強い思いのもとで、2017年1月、農業生産法人として国の国家戦略特区の指定を受けました。カフェや喫茶店にとどまらない、この地域で採れた美味しくみずみずしい野菜を活用した料理を提供する本格レストランの建設に踏み切ることにしたんです。
↑ 外装も、インテリアも、ヴィヴィッドな赤色をキーカラーに、と決めた清水さんと中島シェフ。カントリー調ではなく、都市近郊らしい明るいムードを演出したかったそう。
― 国家戦略特区とは、何でしょう?
清水:地域を限定して大胆な規制緩和や税制面の優遇で民間投資を引き出す試みです。内閣総理大臣が主導で行っている制度なんですよ。農園レストラン「サバーヴィアン」はその中の「農園レストラン」というメニューを愛知県内で最初に実現した事例なんです。
中島:私たちは元々この地域で、会員制市民農園「郊外田園クラブ下田ビレッジ」を運営してきました。200名以上の会員が通年コースでヨーロッパスタイルの家庭菜園を実践する講座に参加しています。また単発の園芸やアートのカルチャー教室、毎週土日に新鮮野菜のマルシェなどを手掛けてきたんです。私もそこで料理教室の講師をしてきました。それらの構想段階から、いつかレストランを、という思いはあったんです。
― 農園レストランの前に、市民農園を運営されてきたからこそ、この土地の魅力を生かしたレストランをつくりたいという思いが強くなったのですね。
清水:会員制市民農園「郊外田園クラブ下田ビレッジ」は、2011年から動き出して2013年4月に開園したのですが、その時も愛知県では民間初となる「市民農園整備促進法」の適用を受けました。都市に暮らす人が、快適な農業をするためには更衣室、シャワールーム、水洗トイレ、調理実習のできる教室などを完備したクラブハウスがどうしても必要だったのです。誰もやったことはありませんでしたが、唯一の方法だったのです。名古屋市に隣接するという立地の良さもあって“市民農園版フィットネスクラブ”という構想は多くの方にご支持いただけて、当初の80区画が120区画になりました。
楽しむクラブ会員の方々を見ていたら、やっぱりレストラン構想は実現させたいと強く思うようになりましたね。
― 法律や規制の壁をクリアし、念願叶って実現した「市民農園」、「農園レストラン」ですが、ヨーロッパの童話に出てくるような、どこか懐かしい、でも、洗練された雰囲気に統一されていますね。
中島:フランスの生活様式を象徴する言葉に「アール ド ヴィーヴル」があります。「暮らしの芸術」というような意味合いで、私たちも、ただ単純に野菜を育てたり、料理をしたりする場を提供するのではなく、ライフスタイルを彩るものとして農園が暮らしに介在するイメージを大切にしています。ですから「市民農園」では、イギリス・コッツウオルズ地方にあるバーンズリーハウスのポタジェ(※)をイメージして花壇のように美しい色どりと配列にこだわった菜園づくりに取り組んでもらっています。また、「農園レストラン」でも、午後から夕方にかけての「農園のひと休み」タイムは、農家の方たちが田んぼのあぜ道でちょっとお茶する、リラックスした時間をイメージしています。
(※)家庭菜園を意味するフランス語。果樹、野菜などを混植した実用と観賞の両方の目的を兼ね備えた庭のこと。
― 経営戦略も、イメージ戦略も、他とはひと味ちがうんですね。
清水:そのぶん、大変なことも多いんです(笑)。国家戦略特区のルールとして、「郊外田園クラブ」自前の農作物と、日進市内で生産された農作物を料理の材料として50%以上使うことが義務づけられています。
中島:その点は、私は逆手に捉えているから大丈夫!家庭で食べるごはんは「限られたものでつくる」でしょ?地産地消も、昔は当たり前。いまでこそ、輸入食材は市場に出回っていますが、私が子どもの頃は、海外のお菓子も、北海道や九州の魚介類も、手に入ることなんて珍しかったですから。「あるなかでつくる」ことは料理の基本だと思っていますよ。
↑ 上/地元産の新鮮な野菜の数々、下/レストランの大きなセンターテーブルには、「ひとりで来たお客様も、家族のように集って食べる楽しさを味わってほしい」という中島シェフの思いがこめられている。
― オープンしてから気づいたことや、新たな目標はありますか?
中島:今日来てくださったお客様が、半年後も来てくださるように、私たちにできることは何だろうと日々模索しています。スタッフにはよく「うちは喫茶店でもカフェでもなく、レストラン」ということを伝えています。レストランとしてのおもてなし、サービスを追求しながら、物販コーナーもつくることができたらいいと考えています。
清水:最近、経済界では「グレーター・ナゴヤ」という構想があります。名古屋を中心とする半径約80~100kmにまたがる地域をひとつの経済圏として経済活動を行う、というものです。1960年代に設置されたシティ・オブ・ロンドンと32のロンドン特別区を合わせた広域な行政区画「グレーター・ロンドン」になぞらえていますが、いろいろな境界線を越えることは、新しいことができるチャンスだと思っています。農園レストラン「サバーヴィアン」も、法律や規制だけでなく、地域の境界線までも越えた新しい取り組みができれば楽しいですね。