愛知県碧南市から、“カッコいい農業”をモットーに、既存の農業にとらわれない新しいチャレンジを続ける鈴盛農園・鈴木啓之さん。スイカ並みの糖度で“甘すぎるニンジン”と評判の「スウィートキャロット リリィ」や、オレンジ色だけでなく黒や白、紫など華やかな色合いの「しあわせのカラフルにんじん」など、鈴木さんの育てるニンジンは個性的でありながら、おいしさや栄養価も抜群!また、今まで農家が経験値で行ってきたことを数値化し、新規就農者にもわかりやすいノウハウを確立。就農の敷居を下げつつ、“生産者の顔が見える食卓”の実現を目指す鈴木さんに、農家になったきっかけや現在取り組んでいることなどをお聞きしました。
↑採れたての黒ニンジンを手にする鈴木さん。まるで我が子の成長を見るような嬉しそうな表情が印象的!
― 以前は自動車関係のお仕事をされていたんですね。どんなきっかけで農業に進まれたのですか?
鈴木:農業に目を向けたのは25歳のとき。「人々の暮らしに密接する衣・食・住に関わりたい」と思ったことが最初でした。まず個人で農業を営んでいた祖母から話を聞いたり、岡崎市にある農業大学校で農業の基礎を学びました。その後農業法人で働いて米や野菜などを育てながら、ITを取り入れた農業について学ぶべく、豊橋技術科学大学へ。この学びが、現在の水やり時期の“見える化”など、労働環境の最適化に役立っています。
↑冬場でも晴れた日は暖かくなるため、半袖で畑作業することも少なくないのだそう。
― 農家デビューは農業法人だったんですね!
鈴木:その頃は祖母の300坪程の農地だけでしたからね。最初は「300坪もあれば食べていける」と考えていましたが、大学で学ぶうちに、その程度では年間の収入が30万円程にしかならないと知りました(苦笑)。農業法人で働きながら農地を探して、ようやく2年目に900坪の耕作放棄地が見つかり独立を決めました。
― モットーにしている“カッコいい農業”は、独立直後から目指していたんですか?
鈴木:それはもう。農業をやると決めたときから、「日本の農業をカッコよく」という使命感に燃えていました。そこで他人がやらないような新しいことにチャレンジしてみようと。それまで農家が経験に基づいて行っていた水やりのタイミングを、温度・湿度計を使って数値化し、新規就農者でも取り組みやすいノウハウを確立しました。
― なるほど!若い世代が農家に転身しやすい仕組みをつくったんですね。
鈴木:さらに「甘い=おいしい」という観点で“甘すぎるニンジン”の栽培にチャレンジ。かつて大学で「台風で海水に浸かったネギの糖度が上がった」と学んだことを思い出し、塩水を与えた栽培を繰り返し、甘さを引き出すのに最適な条件を分析しました。そのニンジンを「スウィートキャロット リリィ」と名付けてブランド化し、鈴盛農園の看板商品となっています。ちなみに「リリィ」は祖母の名前「鈴木りり」から。祖母が80歳を過ぎても一人で続けていたニンジンづくりを、僕が受け継いで次の世代に伝えていきたいです。
↑鈴の絵が入ったパッケージがかわいい「スウィートキャロット リリィ」。
― 塩水で甘くなるなんて知りませんでした!デメリットはありましたか?
鈴木:デメリットは形や大きさにばらつきが出やすく、一般的に流通しているニンジンの基準では規格外品が多くなってしまう点ですね。規格外品は二束三文にしかならず、最初は問屋に10kg持っていって50円だったこともありました。けれど、「形や大きさより、味や栄養を重視したニンジンを育てたい!」と決意し、市場を通さずに続けていこうと。消費者に直接販売したり道の駅や小売店に置いたり、飲食店に納入したりするようになりました。そうして流通したニンジンが世の中に認知されるようになり、食べた人から「柿みたいに甘い!」と喜んでもらえるようになったことは嬉しい限りです。
↑碧南市の実店舗では、鈴木さん自ら育てた野菜を販売しています。
― 味や栄養を重視してブランドを確立したのですね。ほかにもブランド化に取り組んだ野菜はあるんですか?
鈴木:「しあわせのカラフルにんじん」も人気があります。7色のニンジンを育てているのですが、通常のニンジンと比べて68倍の抗酸化力を持つ黒ニンジンを筆頭に、種類によって異なる栄養価を豊富に含んでいます。「しあわせのカラフルにんじん」も「スウィートキャロット リリィ」と同程度の糖度があり、ニンジンスティックにすると見栄えもカラフルで、多くの栄養が摂れる人気商品です。ニンジンのほかにも、“天然のインシュリン”とも呼ばれる栄養素・イヌリンをたっぷり含むキクイモなど、柔らかな碧南の土壌を生かした“土の中のもの”を育てています。
↑鈴盛農園のニンジンは見て楽しい、食べておいしい。見た目も味も、普段目にするニンジンとは一線を画しています。
― 碧南の土壌を生かした農業ですね!そんな農業がさらに発展していくため、そのほかに取り組んでいることはありますか?
鈴木:やっぱり“カッコいい農業”は貫きたいですね。それが次の世代に農業の面白さを伝える一番のポイントだと思っています。最近は野菜がどのように育っているか知らない子どもが少なくないと聞くので、小中学生に畑を見てもらう機会をつくったりも。5年前から中学生の職場体験の受け入れを始めていて、2年前からは小学校の社会科見学の受け入れもスタートしました。鈴盛農園で農業の魅力を知ってもらい、食卓でニンジンが出てきたときに「あの人の畑で採れたニンジンかな?」と、生産者の顔が浮かぶくらい「食」と「農」が近づくことが理想です。
↑より多くの人に鈴盛農園や野菜の魅力をダイレクトに伝えるべく、鈴盛農園のニンジンを使っただんごケーキを販売するキッチンカーも準備中。
(文:西 等)